できない自分を、認めてあげる|「じゃあどうしようか」から全部が変わる

波の上に立ち、右上を見上げる金のペンギン(金の動物シリーズVOL.13)、ブログ記事アイキャッチ

お疲れ様です!とーやです!

皆さんの最近の失敗談はなんでしょうか?私の最近の失敗は、前日にテキーラを飲みすぎて翌日の練習がまともじゃなかったこと、テキーラを飲みすぎて池袋の道端で胃の内容物をぶちまけたこと、テキーラを飲みすぎてせっかく練習したDJがうまくいかなかったことです(あの飲み物本当によくない)。とまぁ、こんなしょうもない失敗談から、割と真面目にお金や人間関係でも失敗を数えきれないほどしてきました。今も多分失敗していると思います。

ですが、SNSが台頭するこの時代、成功の瞬間のみを切り取ってシェアする人が非常に多いように感じます。何屋さんで何と言ったらでてくるのかわからない料理、マリオカートでしか見たことない何かの大会のクソデカ優勝トロフィー、指輪がまるで意識を持って整列している婚姻届など、ポジティブが電波に乗って攻撃してきます。きれいな世界でSNSは彩られています。決して羨ましいわけではありませんよ。決してね?

冷静に考えて、いつの日も夢みたいな大成功をするということはありません。時には失敗することもあるでしょう。いや、失敗することの方が圧倒的に多いのです。しかし、みなさんは失敗をSNSには載せてくれません。理由は単純で、恥ずかしいからです。

白状します。私も長いあいだ、「できない自分」を全力で隠して生きてきました。

今日は、その「隠すクセ」をやめて、できない自分を受け入れることを始めた話です。セルフコンパッションなんて言葉もありますが、「自分を好きになろう」みたいな、読んだ日の夜だけ気分が良くなる話ではありません。できない自分をちゃんと見て、じゃあどうするかを決める。


目次

負けず嫌いとの上手な付き合い方

今でこそ自分を信頼してくれる人が周りにたくさんいて、「環境に感謝!」と唱え散らかしている私ですが、私が優秀で天才だから人が集まってくれたわけではありません。むしろ自分の弱いところできないところを正直に打ち明けた結果だと思います。

私の弱点をいまここで開示しましょう。まず人の話を集中して最後まで聞けません。人の感情を汲み取るのが苦手です。ファッション・色彩感覚は絶望的です。人見知りで初めての人に声かけるのができません。部活は弱小チームで、一応スタメン。でも「スタメンはスタメンなんだけど、めっちゃ弱い」やつです。学力はないため、受験もうまくいかず、学歴も大したことはありません。夢も希望も無かった当時は、楽そうだからという理由で公務員になりました(公務員試験も失敗して一年フリーターをやってました)。イベントでゲストに呼ばれて調子に乗ってクラブの壁を破壊したことがあります(オーナーには平謝りをして和解済みの認識)。破壊した壁の修理費用を当時所属していたダンスサークルから出してもらいました(クズすぎる)。あとはブログでは本当に書けないことが1,2点ほど…(深くは聞かないでね☆)今振り返ると、とてもじゃないけど人から好かれるようなスペックではないわけです。弱点・失敗のバーゲンセールです。

このころの私はこの「弱い自分」を、とにかく隠したかったのです。人見知りするくせにお行儀は悪くって態度は一丁前みたいな自分の過去がバレてしまったら、みんなドン引きだろうなと。だから話を盛るし、できるふりをする。ひどいときは、先輩のふりをして後輩からちやほやされて、満足していました。今考えると後輩の優しいキャバクラ接待だったのだなと思いました。本当にごめんなさい。

隠すこと自体は、難しくありません。問題は、それを無かったことにして、評価・改善しないことなんです。できないことやダメな自分に向き合っていないんだから、できるようになるわけがありません。自分の思い描く理想からどんどん離れていきます。

例えば、ダンスバトルで予選落ちしたら、「今日はちょっと相性が悪かっただけ」、うまく踊れなくても「本気出してないだけ」。自分の失敗した理由を分析して納得したフリをして、あたかもコントロールしてますというあの応答は見ていて痛々しさを感じずにはいられません。そうやって取り繕っているうちは、自分がそこそこの人間に見えるんですよね。見えているのは自分だけなんですが。

最近話題になったショートスリーパーの例がわかりやすいです。1日30分睡眠と言っていたけれど、だんだん無理が出てきて、配信では居眠りを指摘され、結局は仮眠も入れていたと説明していました。

傍から見たら滑稽に見えますが、それ以上に、たぶん本人が一番辛いんだと思います。もうちょっと楽になれよ、と思っちゃうんですよね。これ、昔の私もそうでしたし、皆さんにも絶対そういうところがあるんじゃないかなと私は思います。

こういった認められないという状態を、私は「負けず嫌い」と呼んでいます。負けず嫌いは良い言葉だと思われがちですが、思考の癖という意味では依存すべきものではないとはっきりと断言します。

ここで着目したいのが、最近流行りの「他責(他者に責任があるという考え)」と「自責(自分に責任があるという考え)」という観点です。人のせいにしていると、当然ながら練習には1ミリも結びつきません。では逆に、「自分はダメだ、才能がない」と自分を殴り続けるのはどうか。これも結局、行動には結びつかないんです。世間では「自責」が推奨されるきらいがありますが、恥や罪悪感で自分を否定することが「自責」ではありません。


受け入れると諦めるの違い

最近の私も、ようやっと等身大の自分をさらけ出すことができるようになったと思います(まだまだできないところも当然あります)。では、どうやってありのままの自分を受け入れてさらけ出せるようになったのか。なにかかっこいい心にくるような体験談を話せればよかったんですが、現実はそんなにドラマチックじゃありません。シンプルに人から無視されて、批判されて傷ついただけでした。暗い話だ。その底で、ふっと力が抜けました。「できないのはできないで、いっか」。これが、私の転換点の一言でした。

こう書くと、「それってただの諦めじゃん」「自分に甘いだけでしょ」と言われそうですね。でも、私が言っているのは、その逆なんです。

正直に言えば、私はダンスでそこまで上手いわけでもないし、目立った結果を出しているわけでもありません。でも、認めた瞬間に世界の解像度が一段上がりました。バトルで負けたあとも、前なら「今日はちょっと相性が悪かっただけ」で終わっていたのが、「負けたのは負けたか」と一回飲み込んでから、どの場面で差がついたのかを思い出すようになった。もっというと、ダンスバトルだけじゃない居場所を作ろうとも思えました。このブログがそうであるように。

健康診断と一緒で、正直あまり対面したくない体重や血液の数字たちに対して、見なければ今日のところは平和です。できないことを認めるというのは、この「見たくない数字を、まず見る」に近いんです。

認めると、できる・できないの切り分けが一気にうまくなります。全部ダメだと思っているうちは、どこから手をつけていいかもわかりません。分けると、打ち手が見えてくる。自分を責めることに使っていたエネルギーが、自分に何ができるかという分析に使えるようになります。


「じゃあどうしようか」の破壊力

「なんでできないんだよ」ではなく、「じゃあどうしようか」に切り替わると前進します。

受験に失敗してお先が真っ暗。自分は緊張しいでなかなか本領発揮できない。人とのコミュニケーションが不得手だ。そんなときは「じゃあどうしようか」です。これで確実にあなたの悩みは解決します。私は保証しませんが、試しにやってみてよ。

  • ダンスが上手くならない→じゃあどうしようか
  • 仕事で大ミスかましちゃった→じゃあどうしようか
  • テキーラ飲みすぎちゃった→じゃあどうしようか(判断力が残っている場合に限る)

どうでしょうか。嫌な出来事に対して即効性はないものの、一旦前を向いて解決しようという考え方になりませんか?これは、できないことをやれるようにするというものではなく、やれない自分を軸に他にやれること、自分はどうしたいかを広げるフレーズなんです。頭の中で漠然と「嫌だなぁ」と唱えるのは、嫌な感情を自ら繰り返しているだけで前進してないんです。読者のみなさんは立派な大人なんですから、こんなイヤイヤ期からは卒業していただいて、解決策を考えましょうね。

「だって解決策がないんだもん!」っていう人がいると思います。そんなに嫌なら解決せずに逃げてもいいんですよ?あなたには荷が重かっただけです。自分を本当に受け入れているなら、戦略的撤退という選択肢を上手にとれるはずです。

とはいえ、決意だけでは、人はまず動きません。必要なのは、決意とセットの笑えるくらい簡単な一歩です。

まずは、あなたの今の悩みや問題を紙に書き出してください。そして、その問題の下に「じゃあどうしようか」と書いて、その続きを書いてみてください。一つの問題や悩みに対して3つの「じゃあどうしようか」を考えてみましょう。そうすると、その問題についてどう動くべきかがそのまま書き出されるので、一旦これをやってみようという気になり、モヤモヤが幾分か晴れるはずです。

「紙に書くなんてめんどくさい!」と思うかもしれません。でも、頭の中だけで思考が完了して、全部考えきれる人なんて滅多にいないんです。あなたの頭はちっちゃいんですから、つべこべ言わず紙に書け🥺

そんなにしっかり書かなくてもいいんです。一日一テーマで2分くらいあれば終わります。2分という時間すら捻出できない人は流石にいないでしょうよ。

人に教える機会が多くなった私も、その人のキッカケになったら嬉しいなと思い、あれやこれやアドバイスしたくなります。ですが、そこをグッと抑えてまず自分のできることできないことに向き合ってもらうことを重視するようになりました。結果に繋がってるかと言われると怪しいのですが、自分で決めたことを実行して跳ね返ってくる失敗は案外冷静に受け止められるもんです。


まとめ

改めて、まとめます。

  • 「できない自分」を隠している間は、できないまま。人のせいにしても、自分を殴り続けても、行動は止まる。
  • 「できないのはできないで、いっか」は諦めではなく、解像度を上げる第一歩。
  • 認めたら「じゃあどうしようか」。笑えるくらい簡単な一歩から動かす。

できないことは、これからも山ほど出てきます。でも、それでいい。まだまだできないからこそ、まだまだやれる。

あなたも今日、悩みを1つ紙に書いて、その下に「じゃあどうしようか」と書いてみてください。最後までご精読いただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

エンジニア兼ダンサー兼ゲーム配信者しております。
三足の草鞋を履いております。足は二本しかないのでいっつもいっぱいいっぱいです。

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