お疲れ様です!とーやです!
昨今、Instagramで毎日のように知らない上手い人が湧いてきます。
私が始めたばかりの頃は、リズムにノれてるだけで「センスあるね」って言われた時代でした。いまでは、音を外さないのは基本ステータス。手先足先までみんな仕上げてきます。
ふと考えます。これだけ上手い人が湧く時代、自分が「上手くなる」って、何の足しになるんでしょうか。ダンスの話に見えて、たぶん仕事も同じ構造です。
今回は、上手さの先に何があるのかを、まじめに分解します。先に着地だけ言わせてください。
うまさは消費される、意味は残る。
「またなんか言ってますね」って思った方、最後まで付き合ってください。明日以降のダンスの向き合い方が、ちょっとだけ変わるかもしれません。
技術が過剰供給される
少し前まで、ダンスの世界で「上手い」というのは希少資源でした。天井がないように思えた時代です。
その時々で上手い人はもちろんいたのですが、まだレベルを上げる隙間がありました。上達した人が舞台に立てる。バトルで結果を残せる。インストラクターとして声がかかる。「上手くなる」と未来が開けていく感覚が、確かにあったんです。
ところが今、Instagramを覗くと、上手い人が無限に湧いて出てきます。
どのバトルシーンに行っても、どのコンテストに行っても、上手い人はいる。バトルやコンテストだけじゃありません。ナンバーやショーケース、サークルなど、そのどこを見ても、すごく光ったものを持ってる人がたくさんいます。スーパーキッズもいれば、海外の謎のグルービーなダンサーもいます。あの動きどうやってんの、っていうのが日常的に流れてきます。
少し前までは考えられなかったレベルで、上手な人が市場にあふれかえっている状態です。コンビニのマシンタイプのコーヒーに大差がないのと一緒です。コーヒーは挽き方とか焙煎などで違いはあるでしょうがコーヒーそのものを求めている消費者目線では正直どこで買っても美味しくて問題ないです(セブンイレブンが若干おいしいとかいう通ぶった人たちに届け)。誰が勝つか、誰が成果を上げるか、という話とは別の次元で、ただ「上手い人」だけなら無限にいるんです。
上手さで戦っている限り、ずっと誰かと比較され続けます。毎日毎日、終わりません。
そしてここがしんどいんですけど、上手さで戦ってる人って、他の人と入れ替えられても気づかれません。同じグルーヴ、同じシルエット。たまたま枠が空いたら、似たスペックの誰かが滑り込むだけです。
こう言う話をすると、上手くない人間の僻みのように聞こえるかもしれません。別に上達することを否定したいわけじゃありません。むしろ上達は絶対した方がダンスは面白くなります。下手なまま「これが個性です」と居直るのは、開き直りを超えて痛々しさを感じます。
ただ、はっきりさせておきたいんです。うまさを売ってる限り、それは交換可能なままなのです。
ダンスは表現の幅が広いから、個性が認められる側面もあります。でも「上手いだけ」だと、似たスペックの誰かに取って代わられる構造からは抜けられません。
意味を持ってる人は、消費されない
じゃあ、上手さの先に何があるのか。私の話を少しします。
正直に言うと、最初は完全に「チヤホヤされたい」と「モテたい」、これが私のダンスの燃料の全部でした。私も言ってみたかったですよ。「音楽やブラックカルチャーが好きでロックダンスを始めたんだよね(ドヤ)」って。私のあまりにも不純すぎる動機ゆえに結果が要るんです。バトルで勝つ、コンテストで入賞する、SNSでいいねを獲得する。承認されるためのチケットとして、上手さを集めにいっていました。
で、当時の私は健気でした。レッスンやワークショップへ通い、有力な先輩にはおべっかを使い、流行りのムーブを取り入れてみたり、勝てそうなバトルだけ選んで出たり。みんながやってる手法を全部試してました。
結果、何にも変わりませんでした。勝てる日もあれば負ける日もある、勝っても次のバトルでまた負けている。この走り方は一生終わらないんです。
今ならわかります。問題は「上手さが足りない」じゃなかった。燃料が外側にあったんです。チヤホヤされたい・モテたいは、他人に決めてもらう価値の話です。上手くなっても、別の上手い人が現れた瞬間に、培った上手さは簡単に取って代わられてしまうんです。
そんな中、ある日気づいたんです。自分の体、他の人と違うじゃん、と。
身長、低いんです。いわゆるチビです。ダンス歴だけは無駄に長い。そして、体が小さいぶん、俊敏性とコントロールの効きやすさがある。「チビ」がコンプレックスだった時期は長かったんですが、ある瞬間にひっくり返ったんです。「こんだけコントロールのしやすい体、なかなかねえだろ」と。高身長イケメンはこんだけ動けなくて残念だな(笑)って。
そこからフィジカル・素早さに全振りして、ちょっと力みすぎなくらい振り切った踊り方に寄せました。すると、結果が出るより先に「面白いね」って言われることが増えたんです。大きい結果はまだですが、最近は認知してもらえる場面が増えました。負けた帰り道にジャッジの悪口を言うのをやめました。負けても、自分の方角は変わらないからです。ダンスに一つの意味を持てたので、悔しくても自分を否定しなくなりました。
有名な昔話があります。3人のレンガ職人がいて、それぞれ動機が違う。1人目は「お金がもらえるから」。2人目は「積むのが好きだから」。3人目は「立派な町一番の建物を建てたいから」。一番成果を出したのは、3人目だったそうです。好きですら、意味には届かないんです。
ジャッジに評価されたいのか、自分のやりたいことをやって動画で振り返ってニヤニヤしたいのか。前者は外発、後者は内発です。意味があると、勝ち負けも上手さも、自分の主役じゃなくなって、たまたまついてくるオマケみたいな扱いになるんです。
意味は技術の上には乗らない、隣に立つんです。
技術と並走するように、別レイヤーで意味が立っています。気づいたら見られてる人と、見せようとして見られない人の差は、ここです。
試し上手と逃げ上手、という戦略
ただ、ここで終われないんです。意味の方角が見えても、いま立ってる場所がその方角と違ったら、何も起きません。
「置かれた場所で咲きなさい」って言葉、私はあまり好きじゃありません。間違った場所に置かれたら、咲けるわけがないんです。日が差さない部屋の植物に「咲かないお前が悪い」って言ってるようなものです。場所の話が、いつの間にか根性の話にすり変わっているんです。
この粘り信仰、ダンス現場だけじゃなく、仕事でも他のコミュニティでもよく見ます。バトルやコンテストに出続けることが、必ずしも正解とは限りません。勝ち負けに向いてない性格の人もいるし、「遊びに来てる」「飲みに来てる」人もいます。動機が「上手さを極めたい」「勝ちたい」なら、別の分野で試した方が近道です。
試して、ダメなら降りる。次を試す。これだけ。先に組み立ててから動こうとすると、動かないまま一生終わります。
みんながiPhoneを使ってるからって、自分にもiPhoneが合うとは限らないでしょう。値段、操作感、いま持ってる他のデバイスとの相性。Androidの方が自分の環境に合う人だって絶対います。今使ってるiPhone、ジョブスや周りから与えられた「外からの意味付け」で選んでませんか?わからないなら、試して降りて、また試してみるんです。粘らないわけじゃなくて、粘る場所を間違えないようにしてるだけなんです。
踊りも、踊り以外も同じです。粘りで補える部分なんて、せいぜい2〜3割。残り7〜8割は、場所選びで決まっています。
そして、選んだ場所で意味を深めるためにやってるのが、毎日の振り返りと週1の棚卸しです。踊った日に「今日一番気持ちよかった瞬間」を1行メモして、週末に読み返すだけ。繰り返し出てる言葉が、その週の意味の方角になります。
「メモ書きするのってダンスと関係なくない?」と思いました?私もそう思ってました。でも、映画を観た後に友達と感想を語り合ってる間に、観てる時には考えてなかった「考察」が頭の中で勝手に生まれてくる、あの感覚に近いんです。言葉にした瞬間、自分が何を観てたかが分かります。ダンスも同じです。踊ってる時に見えない「何が良かったか」が、書いた瞬間に俯瞰できるんです。
意味付けは、書いて読み返す習慣からしか強くなりません。
「逃げる」が嫌な人は、「移る」と言い換えてもいいかもしれません。日本語の好みで、自分の動きを縛る必要はないんです。
正直に言うと、移ると最初は孤独と戦うことになります。新しい刺激や文化にあてられて、誰にも知られてない状態が続きます。積み上げてきたものが生きないんじゃないか、という感覚も毎回つきまといます。綺麗ごとじゃ片付かないコストです。それでも移るんです。痛くないとは一度も言ってないんです。
頑張りは、レイヤー選びの後についてくる。
努力を本気で捧げるべきは、レイヤーを選ぶ作業そのものです。立ち回りは選びながら調整すればいいんです。汗をかく場所を間違えない方が、ずっと効きます。
まとめ
改めて、本日のまとめです。
- うまさは消費される。上手さで戦う限り、自分は交換可能のまま
- 意味の方角は内発が指す。点数ではなく、心のコンパスを読む作業
- 今いる場所が違うなら、試して、移る。頑張りは後でついてくる
「言うのは簡単だよね」って思った方、残念ながらその通りです。でも、上手くなることに使ってる時間の1割を意味の方角に振り向けるだけで、踊りも、踊り以外も、たぶん変わります。
うまさは消費される、意味は残る。
私もまだ、コンパスを読み損ねる日が多々あります。それでも、読もうとし続けたいんです。
最後までご精読いただきありがとうございました!

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